形態測定学関連講演アーカイブス
                                                                                                                                                                                       
日本生態学会第63回全国大会 自由集会 W33 2016年  3月24日

道具としての「形態測定学」:生殖器形態の定量化

企画者: 高橋一男(岡山大・環境生命)、立田晴記(琉球大・農)

「形態測定学はかたちのデータをどのように可視化してきたか?」 
三中信宏(農環研/東大・農生)

講演要旨: 今回は可視化という簡単からみた形態測定学の側面について考察する.生物形態学はその長い歴史の中で「かたちの視覚化」がつねに重要な関心事だった.対象物の形状の正確な描写と類似形態との精密な比較は,文字のテクストと図表のパラテクストの双方が補完し合って初めて可能になった.形態の定量的比較を目指す形態測定学もまたその視覚的伝統を明らかに受け継いでいる.計測数値データとその適切なダイアグラムによる描画は互いに補い合ってきたからである.しかし,形態測定学の進展とともに,単に過去からの可視化伝統の継承だけにはとどまらず,もうひとつの可視化伝統であるヴィジュアル統計学(統計グラフィクス)の系譜との新たな接近ないし融合が進んでいる.定量化された生物形態はその幾何学的情報と統計学的情報の両方にまたがる学問分野として幾何学的形態測定学(geometric morphometrics)と幾何学的統計学(geometry-driven statistics)を生み出してきた.形態測定学において生き物のかたちの計測データから分析までの過程は幾何学と統計学それぞれに由来する複数の可視化の要素をもっている.その際,データを可視化することは必ずしも中立的ではない.同様に,解析結果を可視化することもまた中立的ではない.可視化されるものもあれば,可視化されなかったものもあるからである.

講演資料(pdfファイル)

「北海道の陸産貝類にみられる劇的な表現型の多様化:距離測定法による形態解析の一例」 
森井悠太(北大院・農)・横山 潤(山形大・理)・河田雅圭(東北大院・生命科学)・Angus Davison(ノッティンガム大)・千葉 聡(東北大院・生命科学)

講演要旨: 種(生物学的種)とDNAの分子形質による系統が対応関係にない事例は,数多く報告されている.その要因としては主に,交雑による遺伝子浸透,祖先多型のIncomplete Lineage Sorting(ILS),種の平行進化の3つが考えられ,いずれも生物の進化を理解する上で重要な現象といえる.北海道に分布する陸産貝類(カタツムリ)の2種、ヒメマイマイとエゾマイマイは,別属として記載されるほど形態的に大きな種間差があるにもかかわらず,中立なDNAマーカーでは両種を識別できないほどに近縁な姉妹種群であることが明らかにされた.同時に,過去の種間交雑による遺伝子浸透の痕跡も見出され,種の系統とDNAの系統との間の不一致を引き起こした原因の一つと考えられた.一般に近縁な種間には,資源をめぐる競争や繁殖干渉などの負の種間相互作用が強くはたらくため,共存が難しいとされている.しかし,ヒメマイマイとエゾマイマイにはこの規則は当てはまらず、北海道内の広域において両種の分布域が重複している上に、同所的に生息することも多いばかりか,マイクロハビタットにさえ種間差が見られないことも明らかにされている.発表者は両種の繁殖隔離の機構を明らかにするため,距離測定法による生殖器形態の定量的な計測を行い,生殖器形態の種間差の有無を検証した.本発表ではその結果を通して,ヒメマイマイとエゾマイマイをめぐる不可解な種間関係がどのようにして生じたのかを議論したい.

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「多様な交尾器形態にはたらく分化性淘汰の検出:距離測定法と幾何学的形態測定学法の違いと相補性」 
高見泰興・高橋颯吾(神戸大・人間発達環境)

講演要旨:  動物の雄交尾器形態は極めて多様であり,様々な分野の生物学者から注目されてきた.20世紀末以降,このような多様化は主に性淘汰によって生じることが示され,集団内の交尾器形態変異にはたらく性淘汰圧の検出例が相次いだ.しかし,性淘汰による交尾器形態の多様化は,近縁種間で異なる形の性淘汰がはたらいた結果であると考えられるものの,これを検証した例は未だない.そこで本研究は,近縁な2種のオサムシを対象に,幾何学的形態測定学の手法を用いてこの問題に取り組んだ. オオオサムシ亜属に属するイワワキオサムシとマヤサンオサムシはきわめて近縁であり,陰茎の形態にはほとんど分化が見られないが,それに付属する交尾片の形態には著しい分化が見られる.これら2種それぞれについて,1雌2雄を用いた2回交尾に基づく精子競争実験を行い,そこで生じる性淘汰の検出を試みた.遺伝マーカーを用いた個体識別により,第2雄の精包置換の成否を推定し,性淘汰における適応度成分とした.さらに,実験に用いた雄の交尾片と陰茎の形態の種内変異を,2点間の距離に基づく方法と,ランドマークに基づく方法を用いて定量した.これらのデータを用いて,交尾器形態変異にはたらく性淘汰の形を,選択勾配分析と薄板スプラインにより定量,可視化した. 結果,どちらの種においても統計的に有意な淘汰を検出したが,その形は異なっていた.比較的単純な形の交尾片を持つイワワキオサムシでは,方向性淘汰が陰茎長に,安定化淘汰が交尾片の重心サイズにはたらいていた.一方,より複雑な形の交尾片を持つマヤサンオサムシでは,イワワキオサムシと同様の淘汰に加えて,陰茎と交尾片の形状間に相関した淘汰が検出された.薄板スプラインによって推定した適応度地形は,イワワキオサムシでは弱い凸面を成す傾斜状だったが,マヤサンオサムシではより複雑な鞍状だった.以上より,近縁種間で異なる形の交尾器には,異なる形の性淘汰がはたらいていることが初めて示された. このような淘汰の形の種間差は,陰茎と交尾片の機能的な相互作用の有無に起因する可能性がある.相関した淘汰の有無からは,イワワキオサムシでは陰茎と交尾片をそれぞれ独立に使って精包置換を行うのに対し,マヤサンオサムシでは両者を組み合わせて使う可能性が示唆される.つまり,交尾器の機能(使い方)の変化が,交尾器形態の多様化の一因である可能性がある.また,距離法で計測した場合に検出された淘汰がランドマーク法では検出されなかったり,その逆の場合も見られたことから,形態に付随する機能をもれなく定量しようとする場合には,両者を補完的に用いることが重要であることが示唆された.

講演資料(pdfファイル)

Copyright c Kazuo Takahashi    Last updated: 31 Mar 2016